うつ

 

−もくじ−

  なぜうつになるのか

 ■ 頻度と発症時期

  症状と早期発見のための方法

 ■ 治療方法とその効果

  新世代の抗うつ薬 ―そのメリットと注意点―

  家族が注意すべきこと


なぜうつになるのか

島根医科大学第3内科 
小林 祥泰

 脳卒中後にうつ状態が起こりやすいことは以前から知られていましたが、主に脳卒中で体が不自由になったことに対する反応性のものと考えられていました。しかし、1983年に米国の精神科医のRobinson教授らがCT上の脳梗塞病巣とうつ状態の頻度を詳細に検討した結果、左半球では脳の前方、右半球では後方に近いほどうつ状態が起こりやすいことを報告しました。このことは脳の病変自体がうつ状態を起こす可能性を示しており、脳卒中後のうつ状態が単なる反応性のものではないことが明らかになりました。といっても、片麻痺のように運動を司る中枢の場所が一定の場所にある、すなわちそこが障害されると必ず片麻痺になるというような関係ではありません。うつ状態は気分障害の一つで、うつ状態だけが起こるものを単極型うつ病、うつと躁状態を繰り返すものを躁うつ病といいます。典型的な躁うつ病は若年発症が大半でライフイベント、心的外傷など発達歴および遺伝などが絡み合って起こると推測されていますが、はっきりした機序は分かっていません。一方、脳卒中後うつ状態のような単極型うつ病については、高齢になるほど遺伝の要素以外の種々の成因からなるものが多いことが示されています。

 それでは脳卒中後のうつ状態はなぜ起こるのでしょう。片麻痺などの身体障害が高度な例ではその影響を無視出来ないですが、私共の検討では日常生活動作の程度とうつ状態は必ずしも関係しませんでした。それよりも脳梗塞などの起こった部位が大事です。一般的には前頭葉の深い部分の白質(神経線維の密集した部分)に有る程度の広がりをもつ病変かまたは多発性病変例でうつ状態が起こりやすいことが知られています。これはまだ脳卒中を起こしていない無症候性脳梗塞の例においても同様で、多発性小梗塞などにより前頭葉の深部白質という神経線維のネットワークが障害されることが関係しているとされています。もちろん、そのようなMRI上の変化があってもうつ状態にならない人の方が多いわけで、このような変化があることは必要条件であっても十分条件ではありません。このような脳の病変によって一見して目立たなくても脳の高度な働きの軽度な低下が起こると物事に対する反応の閾値が変化することがよくあります。ちょっとしたことに怒りっぽくなったり悲観的になったりします。すなわち、うつ状態の準備モードに入っています。これに病前性格や障害の程度、家族等のサポート、社会経済的要素などがマイナスに働いた場合にうつ状態が発症すると考えられています。すなわち、脳卒中後うつ状態は大脳皮質(前頭葉の前方部分)と辺縁系(感情、本能などに関係する部位で脳の中心部にある)の障害もしくはこれらを結ぶネットワークの障害が基礎にあり、それに上記のような誘因が加わって発症すると考えてよいと思います。ここで若年性の内因性うつ病と脳卒中後のうつ病の違いについて少し触れたいと思います。最近報告された脳血管性うつ状態の診断基準には、内因性うつ病に比して自責の念、悲壮感などが乏しいのが特徴であり、認知機能や実行力などの低下を伴いやすいとされています。したがって、脳血管性痴呆の予備軍である場合もあり、両者の内容もはかなり違うものといえます。私共はこの違いに注目し、うつ状態とは異なるやる気を評価する「やる気スコア」を使って脳卒中患者さんにおけるうつ状態とやる気低下の頻度を調べてみました。その結果、図1のように、やる気低下とうつ状態の合併が最も多く、次いでやる気低下のみ、うつ状態のみの順でした。うつ状態とやる気低下は重複部分もありますが、その機序が違う可能性があり、今後の治療薬開発には、この点を考慮して従来の抗うつ薬とは違ったコンセプトで研究開発が行われるべきと思います。


図1:脳梗塞患者さんにおけるうつ状態(Zungの抑うつ度で評価)とやる気低下(やる気スコア島根医大版で評価)の頻度。(島根医科大学第3内科)

図1

 


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