−もくじ−

  脳卒中後の嚥下障害

  自宅でできる嚥下訓練

  嚥下障害の方のための食事の工夫


脳卒中後の嚥下障害
-その治療方法と予後、患者・家族が注意すべきこと-

藤田保健衛生大学医学部リハビリテーション医学講座 
講師 馬場 尊
藤田保健衛生大学医学部リハビリテーション医学講座
教授 才藤 栄一

脳卒中と摂食・嚥下障害

 摂食・嚥下障害の大きな原因のひとつは脳卒中です。摂食・嚥下障害の原因疾患の約40%が脳卒中であるといわれております。一方、脳卒中に罹患した患者のうち急性期には約30%の患者に誤嚥を認め、慢性期にまで誤嚥が残存する患者は全体の約5%程度といわれております。5%というと少ない印象を受けるかもしれませんが、日本では年間約40万人の脳卒中が発生していると推計されていますので、毎年多数の新たな脳卒中患者が重度の嚥下障害をもちながら生活をつづけていることになります。また、誤嚥を認めない軽度の嚥下障害例はさらに数多く存在していると考えられます。このような摂食・嚥下障害に対する対応の確立は社会的な急務と考えています。

摂食・嚥下障害の分類

 摂食・嚥下障害と一言でいっても様々なタイプがあり、脳卒中の部位や大きさ、病巣が両側か片側かなどで大きく異なってきます。治療を行うにあたってはどのようなタイプの摂食・嚥下障害かを見極める必要があります。

 私たちは摂食・嚥下を5つに分類して考えることにしています。「摂食・嚥下の5期」といっていますが、それは、ヒトが食べ物を認知して口に運び、咀嚼して、咀嚼された食べ物(食塊:しょくかい)を飲み込んで胃にまで送り込む過程を5つに分類したものです(表1)。摂食・嚥下障害を治療するにあたっては、この5期のどこに問題があるのかを知ることが大切です。

 また、摂食・嚥下障害の重症度を知ることも大切です。重症度分類はいくつかありますが、有用なものの1つに「摂食・嚥下障害の臨床的重症度に関する分類」があります(表2)。これは、摂食・嚥下障害の重症度を大きく誤嚥の有無で2つに大別して全体で7段階に分類しています。そして各重症度は対応方法と関連づけられていることに特徴があります。

 治療を行うにあたっては、患者の摂食・嚥下障害はどの期に問題があり重症度はどれくらいかを知ることから始まります。

 

摂食・嚥下障害の治療方法

 治療方法は大別しますと、経管栄養法・訓練・手術があります。以下それぞれについて説明をします。

(1)経管栄養法

 重度の摂食・嚥下障害があり、直接に口から水や栄養を摂ることができない時の対応方法です。この方法は、口やのどに問題があり胃や腸などの消化管には問題がない場合に使用され、チューブを使用して、水や栄養剤を直接消化管内に注入する方法です。これにはいくつかの方法があります(表3)。脳卒中の摂食・嚥下障害の場合は消化管には問題ないことがほとんどなので選択される方法です。経管栄養法はそれぞれに特徴があり、障害の時期や重症度により使い分けることが大切です。長期管理や在宅管理には胃瘻が有用です。最近では胃カメラを使って簡単に作ることができますので、もっと積極的に行われるべき方法と考えています。

 誤解をしていただきたくないことは、経管栄養法が最終手段ではないということです。重度の摂食・嚥下障害の対応は、訓練を効率よく行うために経管栄養法を積極的に用いて全身状態を安定化させることが第一で、その後訓練を通して徐々に口からの摂食を慎重にすすめます。最終的に食べ物を口から摂ることが可能になった時には経管栄養を中止します。不幸にして経管栄養を中止できない患者は存在します。しかし、一部でも口から食べ物をとることができるようになる患者は少なくありません。

(2)訓練

 摂食・嚥下機能の訓練は大きく2つに分けられています。ひとつは間接的訓練でもうひとつは直接的訓練といいます。

 間接的訓練は摂食・嚥下に関連する器官に対する基礎的な訓練です。これは直接に食べ物を与えないで行う訓練で、具体的には関節などの可動域や筋力の訓練、感覚や反射の感受性を変化させる訓練、呼吸や構音訓練、嚥下パターン訓練などが含まれます。この訓練は他項で詳しく解説されますが、食べ物を使用しないため安全性が高く、適切な指導をうけ積極的に家庭でも行っていただきたいものです。

 一方、実際に食べ物を食べさせる訓練は直接的訓練といい、摂食・嚥下の応用訓練です。これは食べ物を実際に嚥下させる訓練であるため、その開始に当たっては誤嚥に対する十分な評価が必要です。評価方法は嚥下造影やビデオ喉頭内視鏡が中心となり、これらにより、安全な(誤嚥を起こさない)食物形態や姿勢を検討します。そして注意深く口から食物を与え、簡単なものからより難しいものへ繰り返し評価を行いながら徐々に進めてゆく方法です(段階的摂食訓練)。

(3)手術

 摂食・嚥下障害に対する手術方法には大別すると2つの考え方があります。 

 ひとつは機能障害に陥っている器官の機能を補助するための手術です。機能補助的手術法と総称されています。例えば、食道の入口が開かない場合には輪状咽頭筋切断術が検討されます。また、嚥下運動が起こりにくい場合には喉頭挙上術が検討されます。これらの方法は訓練を十分に行っても効果が上がらない場合に考えられます。しかし、手術をすればすぐに何でも食べられるようになるというものではなく、手術後に新しい飲み方を習得するための訓練が必要になります。

 もう一つは気管と食道を完全に分離してしまう方法で誤嚥防止術と呼ばれています。この方法は誤嚥を完全に防止することはできますが、発声機能が全く失われるなどのことがあり、施行には十分な検討が必要です。

摂食・嚥下障害の予後

 脳卒中の摂食・嚥下障害の予後については未だ定説がありません。脳卒中の急性期には多くの症例に摂食・嚥下障害を認めますが、慢性期には改善する例が多いという事実はあります。しかし慢性期の摂食・嚥下障害が治療によりどのように変化してゆくかは現在調査段階です。

 一方、慢性期の摂食・嚥下障害でも適切な治療によりほとんどの例で程度の差はあれ改善を認めるのも事実です。したがって、慢性期の患者でも諦めることなく訓練をつづけ、手術治療も考慮した長期的な治療計画が大切になります。

患者・家族が注意すべきこと

 最も注意して頂きたいことは、口の中の衛生状態を保つことです。障害者の口の中は十分に清掃することができずに、食べかすが何ヶ月も溜まっていることが多いのです。入れ歯の手入れも十分に行えていない場合がほとんどです。このような状態を放置すると、口の中は細菌の巣になってしまします。これが原因となって重症の肺炎を起こすことは非常に多いといわれています。逆に口の中を清潔に保っておくと少しの誤嚥を起こしていても肺炎など起こしにくいといわれています。患者自身や家族が口の中のケアを行うことは実はあまり簡単なことではありません。したがって、歯科受診や訪問歯科診療を積極的に利用し、指導をうけることが摂食・嚥下障害治療の第一歩です。

 次に理解して頂きたいことは食べることにも難易度があるということです。ヒトがものごとを覚える場合には簡単なものから繰り返し行い、安定して行えるようになったら、少し難しくして練習を繰り返します。摂食・嚥下訓練も同様です。覚えるまでの経過は人により様々で、到達するレベルも異なります。重要なことは自分や家族の摂食・嚥下障害を十分に理解し、また、他の摂食・嚥下障害患者と単純に比較することなく、簡単なことから徐々に根気よく治療をつづけることです。

 最後に誤嚥についての理解が大切です。誤嚥は唾液や食べ物が気管に入ってしまう現象で、窒息や誤嚥性肺炎を引き起こす可能性があります。しかし、誤嚥を認めれば必ず肺炎を起こすかというとそうではなく、口の中の清潔度や誤嚥の量、誤嚥物の酸性度などが関連するといわれています。もし、誤嚥が疑わしい場合には専門家に相談しましょう。ところで正常人が誤嚥をした場合はムセますが、摂食・嚥下障害の約 50%にムセない誤嚥(不顕性誤嚥・silent aspiration)を認めたとの報告があり注意が必要です。誤嚥を疑う場合をまとめましたので参考にしてください(表4)。


表4 誤嚥を疑う場合

  


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